スタートアップ企業や、新規事業においてビジネスモデルを考える際に活用できるフレームワークとしてリーンキャンバスがあります。
リーンキャンバスを活用すると、新規事業計画を作る際にとして考えるべきポイントを網羅的におさえられるようになります。
この記事では、マーケティング戦略を考える際にも役立つリーンキャンバスについて解説していきます。
リーンキャンバスを使えるようになると、以下のメリットがあります。
- 新規事業のアイデアをクイックにまとめられる
- 新規事業の中で重要な論点、不足している論点に絞って議論できる
- 個別の論点同士の整合性を簡単にチェックできる
リーンキャンバスとは:目的とメリット
リーンキャンバスとは、「実践リーン・スタートアップ」という本を書いたアッシュ・マウリャ氏によって提唱されたもので、新規事業を9つの視点から考えて、ビジネスモデルの完成度を確かめる目的で使われます。
リーンキャンバスの例
事業検討初期からリーンキャンバスを作ることで、次のようなメリットがあります。
- 検討初期の事業仮説を言語化できる
- 検討初期に仮設が明確な箇所と、仮説が曖昧な箇所を特定できる
- 検討を重ねていくごとに、内容をアップデートして、完成度・関連性を高められる
実際にリーンキャンバスを作ってみるとわかりますが、うまく言語化できないところは、往々にして仮説が曖昧なままであることが多いです。
また、一旦作ってみると、相互の関連性に矛盾を生じているところも見えてくるので、重点的に検証すべき仮説も見えてくるようになります。
リーンキャンバス・9つの項目と埋める順番
リーンキャンバスの9つの項目は、検討する順番が以下のように明確に決まっています。
それぞれの項目に書くべき内容を順に見ていきます。
課題
課題とは、想定する顧客が抱えている課題のことです。
課題の項目で考えるべきことは、以下のポイントです。
- 狙っている事業領域や顧客が抱えている課題の中でも、特に重要となる課題を上位3つは何か
- 現状の課題に対しては、顧客はどういう手段で解決を図っているか(顧客が現在持っている代替手段)
- その代替手段は、コストや手間がかかるものであるか(コストや手間のかかるものほど課題は大きいと考えられ、新規の参入機会が大きくなる)
- 代替手段がなく諦めてしまっているか(顧客が解決を諦めている課題にも、新規の参入機会がある)
顧客の課題を明らかにする代表的な方法は、顧客へのインタビューです。
課題を深堀りする段階では、顧客には解決策を提示せずに、現状の課題を丁寧に引き出していく必要があります。
マウリャは、リーンキャンバスで課題を最初に取り上げる重要性について、マウリャ自身が書いているブログで以下のように述べています。
ほとんどのスタートアップは失敗してしまう。それは、作ろうと思ったものを作れなかったためではなく、間違った製品を作るために時間、お金、労力を浪費したからである。私は、この失敗の一番大きな原因は、適切な「課題」に対する理解が欠如していることにあると考えている。
マウリャは、スタートアップが失敗する原因は、技術ではなく顧客が持つ課題に対する認識不足であると考えていたので、課題を最も重要視しているのです。
また、次のようにも述べています。
あなたの製品は「製品」ではありません。あなたの「ビジネスモデル」が製品です。ソリューションの面積は、リーンキャンバス全体の1/9しかありません。これは意図的にそうしています。起業家たちはソリューションに時間を使いすぎていて、ビジネスモデルの他の部分に時間を費やしていないということです。
ソリューションというと、ついつい具体的な製品を思い浮かべしまう人がいますが、ソリューションは製品そのものではなく、ビジネスモデルであることに留意する必要があるでしょう。
顧客セグメント
上記で挙げた課題の解決策を必要としている顧客セグメントです。
顧客セグメントで検討すべきポイントは、以下のとおりです。
- 特定した課題を持っている具体的な顧客セグメントはどれか
- この商品を真っ先に使ってくれるアーリーアダプターはいるか
- アーリーアダプターを代表するペルソナは明確か
顧客セグメントを具体化するときには、単に30代男性ということだけでなく、東京都在住、独身、年収700万円などより具体的な顧客セグメントを特定します。
また、ペルソナを考えることも有効です。
ペルソナとは、対象とする具体的な顧客像のことです。
ペルソナを考えるときには、顧客特性をさらに深堀りして、たとえば「先日インタビューした●●さん」というくらいまで解像度を上げることが重要になってきます。
そうすることで、より具体的な解決提案につなげられるからです。
独自の価値提案
独自の価値提案とは、これから提供する製品やサービスが顧客にもたらす価値です。
独自の価値提案で考えるべきポイントは、以下のとおりです。
- 顧客目線で意味のある価値を抽出し、言語化できているか(顧客が欲しいのは最先端技術ではなく、顧客にとって意味のある価値であることに留意)
- 他社にはないユニークな価値になっているか
- そのサービスを一言で言うと●●ですと言えるか(このサービスは、「飲食業界のAmazonです」等)
この中では、まず価値を言語化することが大切です。
たとえば、「高性能なCPUを搭載しています」というのは顧客にとって意味の少ない話ですが、「複雑な計算が、従来の1/5の時間でできます」と言われると、顧客にとって意味のある話なってきます。
価値を言語化する際には、FABEのフレームワークが有効なので、以下のページもあわせてご覧ください。
ソリューション
独自の価値提案を実現するための具体的な解決策です。
たとえば、以下のようなポイントを押さえておく必要があります。
- 製品やサービスの特徴は何か
- その製品やサービスは、顧客にとって従来よりも優れた価値を提供できているか
- その製品やサービスには、従来にはなかったデメリットがないか
1度で完璧なソリューションが見つかることは稀なので、プロトタイプを作ってユーザーに試してもらうというプロセスが必須になってきます。
まずは、顧客セグメントのところで特定したアーリーアダプターを対象にして、実際に使ってもらって具体的な感想や改善すべき点を引き出していく必要があるでしょう。
また、カスタマージャーニーマップを用いて、購買前から購買後の顧客体験をよりよいものにできるソリューションを検討する方法もあります。
ちなみにマウリャは、自身のブログの中で解決策について以下のように述べています。
私は、キャンバス上のソリューションの枠を小さくして、意図的に起業家を制約しようと思いました。なぜなら、ソリューションは起業家が最も情熱を注いでいるものだからです。起業家は、ついつい最初のソリューションに夢中になってしまいがちです。
マウリャは、最初に見つけたソリューションが必ずしも正解ではなく、顧客の課題と、顧客に提供する価値を何度も見直す中で、ソリューションを磨くもの(ときには方向性を大きく変えるもの)だと思っていたので、このような制約を設けているのです。
チャネル
ターゲットとする顧客にアプローチするための方法です。
チャネルを考える際には、以下のような論点があります。
- どうやって製品やサービスを認知させるか(対面営業、広告、口コミ、検索エンジン等)
- どうやって製品やサービスを届けるか(物流業者の活用、代理店、営業パートナー等)
チャネルは、製品・サービスの特徴に合わせて最も効果的に狙う顧客セグメントに到達できる方法を見つける必要があります。
収益の流れ
提案する価値、ソリューションをどのように換金するかの流れを示すものです。
収益の流れを考える際には、以下のような論点があります。
コスト構造
ここまで検討してきたチャネルでソリューションを提案するためにかかるコストです。
- 製品・サービスの原価
- 該当するチャネルで製品を広めるための費用
- 運営にかかる人件費等
- 変動費と固定費
- ユニットエコノミクスは成立しそうか
理想的なコスト構造は、1商品単位・1サービス単位のユニットエコノミクスを明確にし、成立していることです。
しかし、ビジネスの検討初期段階で詳細のコストを明らかにすることはできないので、検討初期はラフな数字を一旦を置いておき、検討が進むにつれてより精緻なものにしていくのが一般的です。
主要指標
事業を成功に導くために重点的に管理すべきKPIを設定します。
新規事業の当面の目標は、売上を上げることではありますが、売上をKPIにするのではなく、その事業の売上に最も寄与すべき指標をKPIにすべきでしょう。
たとえば、ウェブサイトを通じて製品を販売するビジネスの場合、売上を以下のように分解したとします。
売上 = 販売個数 ✕ 販売単価
= サイト訪問数 ✕ 成約率 ✕ 販売単価
= サイト広告表示回数 ✕ 広告クリック率 ✕ 成約率 ✕ 販売単価
たとえば、このときに広告表示回数と成約率が、非常に重要な指標となるのであれば、その2つを事業のKPIとしていきます。
圧倒的な優位性
競合が簡単に真似できない優位性のことです。
圧倒的な優位性を構築するためのポイントとして、以下のようなものがあります。
- 知的財産権(特許権や商標権)
- 他社にはない技術力
- ファーストムーザーアドバンテージを生かす
- ネットワーク効果を生み出す
新規事業を考えるときに、この圧倒的な優位性を盛り込んでおくと、競合はすぐに真似できずに事業の優位性を長期間に渡って保つことができます。
リーンキャンバス運用上の注意点
リーンキャンバスを使う上での注意点です。
課題、セグメント、価値提案を明確にすることに集中する
9つの視点の中で、最も大事なのは「課題」、「顧客セグメント」、「価値提案」です。
ます、課題がなかったり、その課題を持つ顧客セグメントが存在しなかったりする状態では、そもそもビジネスが成立しません。
このようなことを防ぐために、リーンキャンバスでは一番最初に考えることが「課題」で、二番目に考えることが「顧客セグメント」になっています。
その上で、三番目の「独自の価値提案」を考えます。
いきなり「ソリューション」を考えずに「独自の価値提案」、つまり顧客にとって価値を感じてもらえる状態を意識することで、顧客視点から魅力的に見えるビジネスを考えることができます。
この3つを徹底的にブラッシュアップすることで、あとの6つの視点が比較的簡単に考えられるようになるので、まずは3つに集中して検証を重ねることがおすすめです。
何度も書き直して全体を俯瞰する
リーンキャンバスは、1度書いて終わりではありません。
特に最初の段階では、課題や顧客セグメントくらいは具体的に書けても、他の項目はほとんど粗い仮説のままということも珍しくないでしょう。
そのため、検証が進んでいくごとに各項目を見直して、修正を加えて全体として整合性が取れているかを確認する必要があります。
逆に言うと、リーンキャンバスは何度も書き直す前提で作っていく必要があります。
リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバスとの違い
リーンキャンバスに似たフレームワークとして、ビジネスモデルキャンバスがあります。
ビジネスモデルキャンバス
リーンキャンバスは、ビジネスモデルキャンバスが元になっている
ビジネスモデルキャンパスとは、リーンキャンバスと同じように9つの要素によって、ビジネスモデルを説明するためのものです。
この2つが似ている理由は非常に単純で、リーンキャンバスを作ったアッシュ・マウリャ自身がビジネスモデルキャンバスを参考にして作ったからです。
マウリャは、不確実性に満ちているスタートアップ企業を立ち上げる起業家にとって、ビジネスモデルキャンバスそのままでは不十分だと考えて、リーンキャンバスを考案しました。
ビジネスモデルキャンバスは、すでに顧客の課題とセグメントが明確になっていて、企業が用意した解決策が課題解決につながることがわかっている状態で使われるものです。
つまり、製品やサービスがある程度マーケットに受け入れられる状態なので、スタートアップ企業の初期段階では重要度の低いキーパートナー、キーアクティビティ、キーリソースといったものが組み込まれています。
リーンキャンバスは、こうしたビジネスモデルキャンパスを新規事業の立ち上げに特化して使えるように修正が加えた形になっているのが特徴です。
リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバスの4つの違い
リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバス違いは、以下4つの点です。
ビジネスモデルキャンバスの場合 | リーンキャンバスの場合 |
キーパートナー | 課題 |
キーアクティビティ | ソリューション |
キーリソース | 主要指標 |
顧客との関係 | 圧倒的な優位性 |
マウリャは、上記の4点について、自身のブログで以下のように述べています。
ビジネスモデルキャンバスから取り除いたもの
- キーパートナー:製品が不十分なスタートアップが優先すべきはキーパートナーを探し求めることではなく、製品を磨くことだからです。(マウリャは、この項目が取り除くのに最も議論を要したものだと認めています。最終的にキーパートナーはビジネスモデルを最適化するために必要ではあるものの、初期の段階で必ずしも必要ではないと結論づけています)
- キーアクティビティ:ソリューションの枠に記載することで包含できてしまうためです。
- キーリソース:今日の製品開発では、ソフトウェアに代表されるように物理的なリソースの必要性が以前よりも減っているためです。
- 顧客との関係:顧客セグメントを決めて、ソリューションを検証する中で、必然的に顧客との関係が構築されるためです。
ビジネスモデルキャンバスに付け加えたもの
- 課題:これは課題の項目で書いたとおり、スタートアップにとって最も重要なことは顧客の課題を正しく特定することだからです。
- ソリューション:課題がわかると、必然的に解決策が必要になるからです。しかし、解決策の項目にも書いたように、多くの起業家は解決策に夢中になってしまうので、意図的にスペースの制約を設けています。
- 主要指標:多くのスタートアップが数字の海に溺れてしまうがちなので、本当に重要な指標にだけ集中できるようにするためです。
- 圧倒的な優位性:スタートアップにとって、資本力の大きい競合がコピーをしてくることは驚異なので、その驚異を排除するために継続的に検証すべき項目として入れています。
リーンキャンバスの事例
リーンキャンバスの事例は、以下の記事で、有名企業を使ってわかりやすくまとめられています。
5 Lean Canvas Examples of Multi-Billion Startups
この記事では、グーグル、フェイスブック、YOUTUBE、アマゾン、Air B&Bの5つの大成功企業のリーンキャンバスが解説されています。
たとえば、創業当初のグーグルのリーンキャンバスは、以下のようになっています。
まとめ
以上がリーンキャンバスの解説でした。
- リーンキャンバスとは、新規事業を立ち上げるときの事業仮説とその後の検証までをフォローするためのフレームワークである。リーンキャンバスを使うことで、事業仮説を言語化するとともに、検討初期の曖昧な部分を明らかにできる。
- リーンキャンバスには、9つの視点があり、検討する順は次の通り。「課題」、「顧客セグメント」、「独自の価値提案」、「ソリューション」、「チャネル」、「収益の流れ」、「コスト構造」、「主要指標」、「圧倒的な優位性」。
- リーンキャンバスを使う際には、「課題」、「顧客セグメント」、「独自の価値提案」の3つに集中して徹底的にブラッシュアップすること、検証が進むたびに何度も書き直して全体の整合性を確認することが重要。
- リーンキャンバスは、ビジネスモデルキャンバスと似ているが、それはリーンキャンバスを発案したマウリャがビジネスモデルキャンバスを参考にしたから。マウリャは、ビジネスモデルキャンバスからスタートアップ事業にとってすぐに重要ではない4つの項目を取り除き、特に重要な項目となる4つの項目を加えた。
リーンキャンバスを解説した書籍はこちらです