経営戦略を考える上で、事業の経済性分析は欠かせません。
そして事業の経済性を高めるものとして、主に範囲の経済性、規模の経済性、密度の経済性の3つがあります。
この記事では、3つの経済性と、習熟度とコストの関係を示す経験曲線について解説していきます。
経済効果発揮の前提
3つの経済性が、その効果を発揮できる前提条件は次の3つです。
- 共有コスト(範囲または規模または密度が増えてもあまり変化しない費目)がある。
- その共有コストが原価の中に占める割合が大きい。
- コスト共有効果や売上増を帳消しにする追加コストが発生しない。
これらの条件を満たす場合に、これらの経済性が効くという表現をします。
範囲の経済性
範囲の経済性とは、企業が複数の事業を展開することにより、より経済的に事業運営をしていくことが可能になることをいいます。
複数の事業で企業の経営資源を共有化することにより、経済性を高める効果がある状態のことを「範囲の経済が効く」と表現します。
しかし、経営資源の共有化によるメリットよりも、複数事業を持つことのデメリットには注意が必要になります。
たとえば、核となる事業とは全く異なる分野に事業を展開した場合、長期的にマイナスになるケースもあります。
そのため、最近では「選択と集中」の名のもと、かつてコングロマリットとして名を馳せた企業も事業再編で足かせとなる事業を売却する傾向にあるようです。
範囲の経済の例
たとえば、Amazonは元々書籍のネット販売をメインに事業を行っていましたが、今では、ゲームや日用品、家電製品なども取り扱うようになっています。
Amazonが元々持っていた本の流通網で他の商品を取り扱うことで、コストが大きく増やさずに売上を大きく伸ばすことができました。
物流コストが、共有コストになったのです。
一方で、ウェブサイトの情報追加や配送センターの規模拡大のために追加コストが必要でしたが、売上増に比べると小さく済んだために少ないコストで大きく売上を伸ばすことに成功しました。
Amazonの場合は、これに加えてネットワーク外部性や、スイッチングコスト(新規に会員登録する手間)が大きいということも、範囲の経済性の効果を高めることにつながりました。
規模の経済性
規模の経済性とは、事業規模の大きさによって低コストを実現することにより、経済的に事業運営することが可能になることをいいます。
コストは、商品の生産量には関係ない固定費と、生産量に比例する変動費に分けられます。
関連記事:原価分解とは?変動費と固定費を分ける勘定科目法と最小二乗法
商品の生産量が増えれば、単位商品当たりの変動費はあまり変化しませんが、単位商品当たりの固定費を下げることができます。
つまり、生産量を増やす(規模を大きくする)ことによって低コストを実現できるようになるのです。
また、生産規模が大きくなれば変動費にも規模の経済性が働くことがあります。
生産量が増えれば、原料の仕入れ先にも規模の経済性が働き、原料の仕入原価が下がるため、自社のコストを削減できるのです。
一般的に、製品あたり、あるいは事業ユニットあたりの共通コストが個別コストに比べて大きい事業には規模の経済性が働きますが、その逆だと全く規模の経済性が働かないないどころか逆に規模が大きくなってコスト高になる場合もあります。
規模の経済性が働く業界では大企業の方が有利なため、小規模の企業は大企業には真似できない独自性を打ち出す必要があります。
規模の経済の例
ソフトウェアには規模の経済が働きます。
たとえば、ソフトウェアの場合、コストの大半を開発費が占めます。
一方でCD-ROMなどのデバイスのコストの割合はごくわずかです。
したがって、ソフトウェアを全世界に販売することで、共有コストである開発費を薄めて収益性を大幅に高めることができます。
この他に、製鉄業や化学業などの素材産業も規模の経済が働きやすい構造となっています。
規模の不経済の例
一方で規模が大きくなっても、コストが下がらないばかりか、調整コストが増えて、むしろコストが高くなる産業もあります。
例としては次のような産業です。
- 手作りのブランド品、サービスなど、労働生産的に生産されるもの
- 少量多品種生産の製品やモデルチェンジサイクルの早い製品
- 稼働率が勝負となるホテル業や航空会社など
特に注意が必要なのが3番目の稼働率が重要なビジネスで、この種のビジネスでは1つの箱(ホテルとか飛行機)の稼働率を上げることが重要で、稼働率の低いものを多く持っていると逆に不経済になります。
これらの事業で働く規模の経済性は、広告宣伝費やオペレーションノウハウの展開などで、全体コストの中でも限定的になってしまいます。
また、規模の経済が効きやすい産業といえども、漫然と規模を増やすと規模の不経済に陥ります。
組織が大きくなって、商品数や拠点数が増えることで多大な調整コストが発生するからです。
そのため、規模の経済性はある一定の規模やエリアの中で働く場合が多くなります。
密度の経済性
密度の経済性とは、ある一定エリアに集中して事業を展開することで生じる経済効果のことです。
密度の経済性を生かしている代表例がコンビニ事業です。
コンビニはある一定エリアの中に集中的に店を出店することで物流コストや広告宣伝のコストの共有化を図ることができます。
したがって、日本のコンビニチェーンの中を見ると、ある特定地域だけシェアが高いというチェーンを多数見ることができます。
こうした経済性の特徴があるため、日本一のコンビニチェーンであるセブンイレブンは、出店しているエリアには多数の店舗がある一方で、まだ進出していないエリアも多数あります。
なお、こうした集中出店戦略をドミナント戦略と言います。
ドミナント戦略
ドミナント戦略とは、特定地域内に集中した店舗展開を行うことで、その地域内の限界出店数を全て自社だけで支配してしまい競合他社の参入を阻む戦略です。(ドミナント(dominant)とは、支配的なという意味です。)
ドミナント戦略には、競合他社の参入を阻むことができるだけでなく、特定エリア内に、店舗が集中するので、物流、広告宣伝での効率化を図れるというメリットがあります。 (フランチャイズ展開しているチェーンの場合、本部の営業指導も効率的にできます)
ドミナント出店は、小売チェーンが収益性を高めるための定石で、コンビニやスーパーでは常識とも言われている戦略です。
経験効果
事業の経済性を考える上で、もうひとつ重要なものに経験効果というものがあります。
経験効果とは、過去から現在に至るまでの累積の経験量からのコスト低下により、経済的な事業運営を可能にすることをいいます。
具体的には、ある事業を長年運営していると、従業員の熟練や作業の標準化による累積経験がコスト低下に働くことなどが挙げられます。
※生産量の増加はないものと仮定
経験曲線
規模の経済性と経験効果を合わせると、製造コストと累積生産量には、一定の相関関係が生まれることが経験的にわかっています。
その関係を表すグラフを経験曲線といいます。経験曲線は、縦横の両軸に対数をとると、ほぼ右肩下がりの一直線で表すことが出来ます。(すなわち、生産量が何倍になると、コストが何割下がるという関係になります)
生産量が倍になったときに、下がるコストの割合を習熟率と言います。習熟率は産業によって異なります。
一般的に製造コストが減少した分は、価格にも反映されるので、価格を縦軸にした経験曲線が示される場合もあります。
補足ですが、製造コストの傾きよりも価格の傾きの方が小さければ、製品の利益は増えるという結果になります(下図参照)。
まとめ
経営戦略上、企業が拡大によりその経済価値を高める方法としての3つの経済性「範囲の経済」、「規模の経済」、「密度の経済」と、「経験効果」について解説してきました。
事業の拡大期において1+1=2という足し算では規模拡大の意味がなく、1+1>2を目指すのが望ましいです。そのときに、この3つの経済性を理解し、自分たちの事業がどの経済性を最も発揮できるのかをわかっておくことで、より有効な経営戦略上の打ち手を立案・実行できるようになります。
みなさんも、ご自身の業界、会社でどのような経済性が有効に働くのかを考えてみることをおすすめします。業界や会社に対して、今までと異なる見え方になることでしょう。
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