先日、知人からイノベーションをマネジメント・システムとしてまとめたISO(国際標準規格)化されたという話を聞きました。
調べてみると、すでに日本規格協会でも英語版と邦訳版の取り寄せが可能になっています。
ISOは、メーカーで品質や環境関連の仕事に従事されている方だと馴染み深いと思います。それぞれ、品質はISO9001、環境はISO14001として知られています。
私も前職では、ISO9001に基づく内部監査をやっていたこともありますが、品質マネジメントのための原理原則が非常にわかりやすく示されていて、「品質管理とは?」を考えるための基礎として優れたものだったと思っています。
今回のISO56002は、イノベーションのプロセスをシステムとして組み込んでしまうという動きです。
個人に頼るイノベーションから組織としてのイノベーションに
最近、イノベーションに関する本を2冊ほど読みましたが、いずれも卓越した個人がイノベーションを起こす時代から、組織としてイノベーションを起こす方向に変わっていくという論調のものでした。
簡単に紹介します。
1冊目が「優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか?」。これは本ブログでも紹介しているTOC制約理論について、その発案者であるゴールドラット氏から直接薫陶を受けた岸良氏の著書です。
価値を創り、価値を伝え、実現までの道のりを創るという大きく3つのプロセスに分けて、イノベーションを起こすために重要な視点・フレームワークをマツダの成功事例なども取り上げながら解説しています。
特に価値を伝えるところや、実現までの道のりを考えるフェーズにおいては、相手(顧客・社内・調達先等)を上手に巻き込んでいく必要がありますが、その方法論にまで言及しています。
もう1冊が「イノベーターになる」です。
人や組織をイノベーターにするための方法論を体系的にまとめた一冊です。
イノベーションをいかに組織として再現性の高いプロセスにしていくか?
- 事業活動のマトリックス
- 2階建てのイノベーション経営
- イノベーション・コンパス
- ビジネスモデル・キャンバス
- 知識創造のプロセス
- オープン・イノベーションの6類型
など、従来の枠組み・考え方から抜け出しイノベーションを考えるための枠組みを紹介しています。
これらの2冊に共通するのは、イノベーションの源泉を個人の発想と実行力に頼るのではなく、誰でもイノベーションを起こせるフレームワークを提唱していることです。
言い換えると、イノベーションの天才が直感的に考えてきたことを体系化してフレームワークにしたという言い方もできます。
イノベーション・マネジメントISO56002の内容
イノベーションをどのように組織的に起こしていくか?というのは、日本に限った課題ではなく、世界の組織が解決したい課題になっています。
こうした背景から、52カ国の識者の議論によって生まれたのがISO56002です。
ISO56002は、イノベーションに必要とされる活動要素があれば、組織単位でのイノベーションはもっと効率的かつ効果的になるという考え方のもとで制定されて、2019年7月に発刊されました。
ISO56002を用いることで、業界や組織の大きさによらずに、イノベーション・マネジメントシステムを構築、実行、維持、改善できるとされています。
さらにシステム化することで、顧客やサプライヤーとの間で、イノベーションに関する会話を共通概念・言語を用いてできるようになることも期待されています。
ISO56002のコンセプトを示す概念図として以下が提唱されています。
ISO 56002:2019(en) Innovation management — Innovation management system — Guidanceを参考にして作成
- 組織の状況(イノベーション・マネジメントシステムの構築)
- リーダーシップ(リーダーのコミットメントと方針策定等)
- 計画(イノベーションの目的、機会とリスクの洗い出し等)
- 支援体制(人、時間、金、知識、インフラ等
- オペレーション(5つののプロセス、機会の発掘、コンセプト決め、コンセプトの評価、解決策の開発と展開に分類)
- パフォーマンス評価
- 改善:
なお、この策定の議論には、先ほど紹介した本の著者、西口氏と紺野氏が関わっています。
ISO化により考えられる影響
ISO化されることで、大きく2つの影響が考えられる。
ISOに準拠した会社では、社内でイノベーションの意識が高まる
ISOに準拠すると、社内でのイノベーション意識の高まりを期待することできます。
品質(ISO9000シリーズ)や環境ISO(ISO14000シリーズ)では、ISOに従って内部プロセスが運用できているかを監査する仕組みがあります。
私の前職でも、社内での内部監査と、社外の監査の両方を実施していました。
そこでISOに準拠しないやり方には是正指示が入ります。
このように、会社内部のプロセスがISOのルールに従って運用され、監査を受けることで運用度合いをチェックされていたのです。
同様にISO56002でも、こうした運用・監査により、イノベーションへの意識が高まることは期待できます。
一方で、規格に沿ったプロセスを守ることが目的になってしまうケースも多々あり、関連ドキュメントを揃えたり、形式だけの会議等をしたりして、実質が伴わなくなることもあります。
実際に運用する人たちが、ISO制定の背景や意味合いをよく理解した上で、現場で運用することが大事になってきます。
社外からもイノベーションに積極的な会社だと見なされる
ISOに準拠することは、社外からも一定の評価を受けるようになるでしょう。
一定規模以上の製造業において、品質ISOや環境ISOに準拠していない会社は、まずないでしょう。
それは、外部から見て、それらのISOに準拠していないということに対して、非常にネガティブに見られるからです。
品質ISOも、環境ISOも、マネジメントシステムとして、ごくごく基本的なことが書かれています。
それらが実行できているかを定期的に監査されるによって、会社が生み出すものの品質を担保することができます。
裏を返すと、そのような基本的なことが守れない(可能性がある)会社に対して、製造業として高い評価を下すことが難しくなるのです。
ISO56002でも同様に、準拠していない会社に対して、基本的なイノベーションのプロセスを習得する気がない = イノベーション企業には成りえないと見なされる可能性があるのです。
まとめ
以上、ISO56002の話でした。
- イノベーションのプロセスがISO56002として国際標準規格になり、2019年7月に発刊された。
- ISO56002は、組織の大小によらずに、組織単位でイノベーションマネジメントシステムを自立的に構築、実行、維持、改善できるようになるための規格である。
- 会社がISOに準拠することにより、会社内でのイノベーション意識が醸成されることが期待できる。一方で、外部からもイノベーションに積極的に取り組む会社であると認識されるようになる。