損失に対する人間心理を表す理論として、プロスペクト理論というものがあります。
プロスペクト理論は、行動経済学において人間の行動心理を説明する上で重要な理論になっています。
この記事では、そのプロスペクト理論について、応用例とともに解説していきます。
プロスペクト理論は、マーケティングやセールストーク、組織内でのプレゼンテーションにテクニックにも使える理論です。
プロスペクト理論とは
プロスペクト理論とは、アメリカ心理学者であるダニエル・カーネマンと、エイモス・トヴェルスキーによって考案されたもので、人間が利益よりも損失を過大に評価することを説明した理論のことです。
たとえば、ギャンブルで以下の2つの状況があるとします。
A 確実に50万円貰える
B 70%の確率で100万円貰えるが、30%の確率で50万円支払う
確率的な期待値で考えると、期待値のより高いBを選ぶのが正しいことになります。
Aの期待値 = +50万円
Bの期待値 = 70%*100+30%*(-50) = +55万円
しかし、多くの人はAを選択してしまうそうです。
その理由は、人は利益に関してはより確実性の高い方を選択する一方で、損失と利益が同じ規模ならば損失の方を重大に受け止める傾向があるからです。
上記の結果は、プロスペクト理論をサポートする結果と言えるでしょう。
プロスペクト理論の価値関数
プロスペクト理論において、損失を過大に評価するという事象をグラフで示したのが下図になります。
カーネマンとトヴェルスキーは、同じ度合いの損失と利得があったときに、人間は損失の方を2.25倍も過大に評価するとしています。
この関数を適用すると、冒頭の事例にあるBの期待値は以下のようになります。
Aの期待値 = +50万円
補正したBの期待値 = 70%*100+30%*(-50)*2.25 = +36.25万円
つまり、損失を過大評価する分だけAの期待値よりも下回ってしまうのです。
言い換えると、人間は損失をできる限り回避したいという損失回避性を持っているということになります。
プロスペクト理論の確率加重関数
プロスペクト理論では、もう1つの理論の柱として確率加重関数があります。
確率加重関数は、人の確率の感じ方が、実際の確率との間で歪が生じていることを示したものです。
以下のグラフ横軸は客観的な確率を表し、縦軸が主観的な確率の感じ方を表します。
人間が正しく確率を認識できるのであれば、45度の直線が引けるはずですが、実際には低い確率が過大評価され、高い確率が過小評価されてしまいます。
こうした確率に対する認知のズレが起こると、起こる確率の極めて低い飛行機事故を恐れたり、当たる確率の極めて低い宝くじの当選を期待したりしてしまうのです。
冒頭の事例にあるAとBの期待値では、70%の確率を実際よりも過小評価し、30%の確率を実際よりも過大評価してしまいます。
客観的な期待値
Aの期待値 = +50万円
Bの期待値 = 70%*100+30%*(-50) = +55万円
その結果、Bの期待値は、たとえば以下のように認知を歪められてしまいます。
主観的なBの期待値
Bの期待値 = 60%*100+40%*(-50) = +40万円
プロスペクト理論の応用例
この人間の損失回避の傾向を説明するプロスペクト理論は、さまざまな場面で活用できます。
セールストークへの応用
セールストークにおいては、購入することによるメリットを訴えるトークが常道となっています。
買うメリットを強調するセールストーク
「○○を買うとこんなにお得」
「今ならキャンペーン中で△△が×円引きです」
しかし、これらの表現にプロスペクト理論を応用すると次のような言い方のほうが、より人間心理をついた言い方だと言えるでしょう。
買わないデメリット(損失)を強調するセールストーク
「○○を買わないとこんなに損ですよ」
「もうすぐ△△キャンペーンが終わるので、×円引きになるのは今だけです」
最初の表現に比べて、こちらの表現の方が決断を促されているような感覚に陥いってしまわないでしょうか。
これは、人間が利益よりも損失に対して敏感であるというプロスペクト理論によるものなのです。
しかし、プロスペクト理論を用いたトークは、あまり連呼すると相手が不快な気分になってしまうので注意が必要です。(逆に前者の肯定的な言い方は、あまり不快にならないので街頭の呼び込みなどには向いています。)
組織マネジメントへの応用
プロスペクト理論を組織マネジメントに活かす場面もあります。
たとえば、組織の中で、何か変革しようとしたときに、変革がうまくいくと大きな利益がある一方で、痛みを伴って一時的に不利益を生じる状況だとします。
この状況においては、多くの人がプロスペクト理論に従うと、できれば変革は実行されないで欲しいと思うわけです。
なぜなら、仮に将来的なメリットが理解できたとしても、目先の損失(リスクやデメリット)の方をメリット以上に過大評価してしまうからです。
先ほどの価値関数をベースに考えると、変革の利益が2で、損失が1だとすると、人はなかなか改革に賛同できません。
なぜなら、価値関数によるとこの場合の損失は2.25になるからです。
そうすると、マネジメントをする上で優先すべきことは、変革によって起こるメリットを大きく見せることよりも、変革に伴う痛み(損失)を小さく見せることになるのです。
たとえば、以下のような感じになります。
変革によって起こるメリットを大きく見せる例
「5年後には◯億円の利益を生み出せます」
「将来的にみなさんが働きやすい環境が実現できます」
変化によって起こるデメリットを小さく見せる例
「あなたのポジションは約束されています」
「段階的に導入するので、いきなり大きなコストは発生しません」
そして、プロスペクト理論を応用したもう1つのテクニックとしては、現状維持のデメリットを大きく見せるという方法もあります。
現状維持によって起こるデメリットを大きく見せる例
「今のままだと5年後には会社が無くなります」
「利益が大幅に現象して、ボーナスを十分に払うことができなくなります」
実際に、会社が目に見える危機に陥ると、全社的に変革へのドライブがかかるのですが、それは現状維持をすることへのデメリットを相対的に大きく感じているからに他なりません。
プロスペクト理論から考える期待値マネジメント
商品やサービスに対する不満のほとんどは、お客さんの期待値と実際との乖離から起こります。
たとえば、100円ショップで買ったものが1年で壊れても、おそらくみなさんは仕方がないと思うのではないでしょう。
なぜなら、100円ショップで買うものなんてそんなものだという期待値が形成されているからです。
ところが、数万円する耐久消費財、たとえば炊飯器が1年で壊れてしまうと、例えどんなに高性能だとしても、大きな不満が残ることになるでしょう。
なぜなら、商品に対する耐久性の期待値が5年とか10年と長いからです。
これをプロスペクト理論にあてはめると、以下のように考えることができます。
顧客満足度
= 商品から得られる利得 - (期待値 ー 実際に感じる価値)*2.25
100円ショップで買ったものは、利得は少ないものの期待値も低いので多少性能に不備があっても大した不満足にはなりません。
一方で、数万円の炊飯器は期待値が高いので、期待値に対する性能の乖離が大きいと大きな不満になってしまいます。
言い方を変えると、商品やサービスを提供する際には顧客がもつ期待値を適切にマネジメントしないと、企業にとって大きなダメージを及ぼすリスクがあるということです。
たとえば、誇大広告などで顧客の期待値を上げすぎれば大きな不満の種になりますし、説明不足のまま顧客に好き勝手に期待をもたせるというのも危険です。
人間は損失を過大評価するというプロスペクト理論から考えると、顧客にとって損失と感じられる元になる(期待値-実際に感じる価値)の中で、期待値を実際に感じる価値に近いレベルで適切にマネジメントすることが大事になるのです。
まとめ
プロスペクト理論は、人間が損失回避性を持つものだということを示唆してくれています。
この損失回避性という基本原理を理解しておくことは、顧客や組織メンバーのマネジメントをする上での大きな助けとなることでしょう。
- プロスペクト理論とは、人は利益よりも損失の方を過大評価してしまうことを示した理論。カーネマンとトヴェルスキーは、同じ度合いの損失と利得があったときに、人間は損失の方を2.25倍も過大に評価するとしている。
- プロスペクト理論は、一方で高い確率を過小評価し、低い確率を過大評価することを確率加重関数によって表している。
- プロスペクト理論はセールストークや組織マネジメントでも活用できる。セールストークのときは、買わないことによる損失を説明することで購買につなげやすくなり、組織を動かすときは変わることによる損失(リスク・デメリット)を最小限におさえることで変化を促すことができる。また、人を動かすときは現状維持の損失を訴えることも有効である。
- 商品においては、(期待値ー実際の価値)が損失と捉えられるので、商品を売る際には期待値をマネジメントすることが大事になる。